チューベローズの咲くところ

　そこはローザリアの外れにある森の中、チューベローズの花が咲き乱れる草原に、小さな小屋が人目を避けるようにポツンと建っている。開け放たれた窓からは白いレースのカーテンが風になびいて揺らめいていた。
「…んん…あん…。」
窓の中から聞こえる艶めいた声。
「…う…ん…んっ…いい…あうっ…！」
お察しの通りジュリアンのアノ声である。
「…ジュリアン…愛してる…君だけを…ずっと…。」
当然お相手はカークである。
「はぁ…あ…カ…カーク…んんっ…！」
「ジュリアン……っ！」
「あぁっ…あぁぁぁっ！！」

　窓のカーテンが揺れる。ピンク色に上気したジュリアンの裸身が、月明かりに照らし出される。チューベローズの香りに包まれて、ジュリアンはゆっくりと崩れ落ちていった…。



　チューベローズの花が頬をくすぐる。
「……さん……。」
チューベローズの花の香りが鼻をくすぐる。
「ねぇ、大丈夫…？」
むせ返るような香りの中、ジュリアンはカークの声で意識を取り戻した。
「…気が付いた？お姉さん。」
カークったら若い声色で何を言っているのだと思いながら、ジュリアンはうっすらと目を開く。そして月明かりの中、目に飛び込んできたカークの姿を見て驚いた。
「誰？！」
ジュリアンは思わずそう叫んでいた。
「僕…？　僕はカークだけど…。」
声はカークの声だし、見た目もカークだ。但しむちゃくちゃ若い。１２，３歳の少年にしか見えない。
「カーク！いったい何があったんだ！？」
「何って…。それは僕の方が聞きたいんだけど？
　お姉さんこそ、こんな時間にこんな所でどうしたの？」
怪訝な顔ながら、カークは落ち着き払って聞き返してくる。ジュリアンは戸惑いつつ、周りを見回した。そしてまた驚くことになるのである。

　ジュリアンがいたのはチューベローズの草原のど真ん中。そこは確かにカークに連れられてきた所だけれども、カークが秘密の隠れ家だと言って自慢していた小屋がない。ジュリアンとカークはそこで愛し合っていたはずなのに、影も形もない。
　アノ最中に気を失ってから、どれぐらい時間が経ったのか分からないが、こんな跡形もなく家一軒消えるわけがない。そして目の前には少年のようなカーク。となれば信じたくはないが、考えられることは１つだ。
　どうやらジュリアンは、時空を翔んで過去へ来てしまったようだった。

　呆然とするジュリアンに、少年カークが頬を赤らめながら言った。
「あの…、その格好じゃ風邪引くから、僕の隠れ家においでよ。」
ジュリアンは我に返って自分の姿を見る。月明かりしかない夜の闇に包まれ、チューベローズに埋もれているとはいえ、一糸纏わぬあられもない姿である。アノ真っ最中だったのだから、当然と言えば当然だ。慌てて自分の体を腕で隠すジュリアンに、少年カークは目を逸らせながら自分の上着を渡した。



　ジュリアンはカークの後を付いていきながら考えていた。
（何でこんなことになったんだ？
　いつも通りカークとヤってただけのはずなのに。）
ジュリアンはゆっくりその時の状況を思い出す。
（確かに気持ちよすぎて、ちょっと弾けたかなとは思ったけれど、
　まさか時空を翔ぶほどとは…。
　う〜ん…これから気をつけねば…。）
ちょっと思考が変な方に傾いている。
（しかし、どう気をつけるというのだ。
　だいたい時空を翔ぶなんて、どう考えたってカークの能力じゃないか。
　気をつけるのは私じゃなくてカークの方だ。）
こればかりはカークが気をつけてどうにかなるとは思えない。
（帰ったらカークによく言わなければいけないな。
　…あれ？
　そっか…、その前にどうやって帰るか考えなければ…。）
やっと正常な思考に戻ってきた。
（私の力で帰れるわけがない。どう考えたってカークの力が必要だ。
　カークが気付いて迎えに来てくれるのを待つのか？
　だが、向こうの時間とこっちの時間が同じに流れているとは限らない。
　それはあまりに危険だな…。）
こんなとんでもない状況ながら、ジュリアンはかなり冷静だ。インペリアル・ナイトは逆境に強いのである。
（こっちでなんとかするしかないか…。だがどうやって……。）
と、その時、少年カークの声がした。
「お姉さん。」
ジュリアンはハッとして顔を上げる。
（そうか…こっちにもカークはいたな…。）
「入って。」
ジュリアンの目の前には、大木の幹を利用した小さな藁葺き屋根の小屋があった。少年カークが頬を染めてニッコリ微笑んでいる。
（同じカークとはいえ、まだ無垢な少年だ…。
　利用するのは少々気が引けるが…ここはひとつ協力してもらうか…。）
ジュリアンは何やら決心したようだった。


　少年カークがジュリアンにシーツを渡した。
「着る物なんてここにはないから、これで我慢してくれる？」
「ありがとう…。」
ジュリアンは憂いを含んだ表情で、言葉少なに返事をする。そして、沈黙が流れる。少年カークが沈黙に耐えかねてジュリアンに訊いてきた。
「…えっと…お姉さんは誰？」
「……。」
ジュリアンは答えずに目を伏せる。
「…あ、あの…何か事情があるの…？」
「……。」
ジュリアンは小刻みに体を震わせ、嗚咽を漏らす。
「お、お姉さん！？　ど、どうしたの？」
ジュリアンは顔を上げ潤む瞳で少年カークを見つめ、呟くように言った。
「…帰りたい……。」
「え…？」
「…私の世界へ…帰りたい……。」
「『私の世界』って…お姉さん外国の人…？」
ジュリアンは顔を伏せ首を横に振る。銀の髪が月明かりでキラキラと輝く。そして再び悲しそうな瞳で少年カークを見つめた。少年カークは息を呑む。
「お姉さん…もしかして……人間じゃないの？」
ジュリアンはそっと頷く。
「…あ、じゃあ…妖精…いや精霊かな？」
ジュリアンはまた頷く。
「人間の世界に迷い込んじゃったの…？」
ジュリアンはスッと立ち上がると、少年カークにフワリと抱きついた。
「…お願い…あなたの力をちょうだい…。」
「え…？　ぼ、僕の力って…。」
「お願い…。」
ジュリアンは少年カークの耳元で妖しく囁いた。
「あの…僕、どうすれば…。」
「じっとしていて…。」
ジュリアンはそう言って少年カークを押し倒すと、少年カークに覆い被さった。


　ジュリアンの手が少年カークの体をまさぐる。
「…っ…うぅっ…！」
ジュリアンが少年カークを口に含む。
「くっ…お、お姉さん…っ！」
ジュリアンが少年カークを包み込む。
「あうっ…っ…！」
ジュリアンが少年カークを翻弄する。
「うっく…ぼ、僕…もうっ…くうっ！！」
そしてジュリアンは少年カークのお初を頂戴したのだった。


　ジュリアンの名誉のために断っておくが、別にジュリアンは少年カークを手込めにしたかったわけではない。少年カークとヤれば元の世界に帰れるのではないかと考え、誘いを掛けたのだ。
　しかし、思惑は外れてしまった。コトが終わっても、ジュリアンはまだ帰れずにいた。
（やっぱり私がもっとイカないとだめかなぁ…。
　というこは、こっちのカークにもうちょっと上手くなってもらわないと。）
ジュリアンは腕の中の少年カークに熱い口づけをすると、甘い声で囁いた。
「明日も…来て…。」
少年カークはウットリした瞳で頷いた。ジュリアンもかなりな役者だ。少年カークはすっかりジュリアンにたらし込まれてしまった。



　チューベローズの花の香りに包まれ、毎夜毎夜レッスンは続く。もちろん少年カークの愛のレッスンだ。
　ジュリアンはいつもカークに愛されるやり方を少年カークに伝授していく。最初はたどたどしかった少年カークも、ジュリアンの手ほどきでめきめき上達した。
　いつものようにジュリアンを抱く少年カークの手が止まった。ジュリアンが問いかける。
「…どうしたの…？」
少年カークが悲しそうな瞳でジュリアンを見つめた。
「フェアリー…帰りたいの？」
少年カークはジュリアンのことを『フェアリー』と呼んでいる。
「え、ええ…。」
「どうしても帰ってしまうの？！」
「え、あの…。」
「ねぇ、帰らないでよ…。僕とずっと一緒にいてよ！」
「カーク…。」
少年カークはかなり本気だ。かなりマズイ状況である。まあ、ジュリアンの手腕もさることながら、精霊と見まごうばかりの美しい女性にお初を捧げてしまった純な少年が、そのひとに心を奪われないわけがない。これ以上本気にさせないうちに、ケリをつけなければとジュリアンは仕上げに入った。
「大好きよ…カーク…。
　私もずっとあなたといたい。
　だけど私はここでは生きていけないの。
　…私を忘れないで。
　…私だけを愛して。
　そうすればきっとまた…。」
「フェアリー…。」
「愛してるわ、カーク！　あなたも私を思いきり愛して！」
ジュリアンは少年カークに抱きついた。
「フェアリー…！」
そして少年カークがジュリアンを激しく愛する。ジュリアンも翻弄されて昇りつめる。
「っ…うくっ…あぁっ…あぁぁぁっ！！」
ジュリアンの意識が遠のいていった。



　カーテンの裾に頬をくすぐられ、ジュリアンは目を覚ました。ジュリアンは裸のままベッドに横たわっている。ハッと飛び起き周りを見回す。そこは間違いなく、今のカークと最後に愛し合った場所だった。ジュリアンはシーツで自分の裸身を隠しながらもう一度様子を窺った。
（戻って来られた…？　今はいつだろう…。それに、カークは…？）
部屋の中にカークの姿はない。ジュリアンは不安になってベッドから降りようとした。
　その時、部屋のドアが開いた。姿を見せたのは今のカークだった。
「あ、気が付いた？　ちょっとやりすぎちゃったかな？」
カークは軽くシャツを引っかけた格好で、グラスを片手に持っている。喉が渇いて飲み物でも取りに行っていたのだろう。
　カークの言葉からジュリアンは、今の時間がさほど経っていないことを知った。そうなるとあれは夢だったのかとも思えてしまう。チューベローズの魅惑的な妖しい香りは、ジュリアンに夢と現実の区別をつけなくさせていた。
　考えに耽るジュリアンの横にカークが座り口づけてきた。
「…ん……。」
カークがそのままジュリアンに覆い被さってくる。
「…ん…んんっ！」
ジュリアンはそれに抵抗しながらカークの唇から離れた。
「ちょ、ちょっと…待って…。」
「何…？」
カークはジュリアンの抵抗も意に介さずにジュリアンに体を重ねてくる。
「んっ…だめ…もうちょっと休ませて…！」
「やだ…。」
「カーク…あ…やめっ…お願い…。」
「チューベローズの香りが俺を狂わせるんだ…。」
「…え……。」
「昔…チューベローズの精霊に全てを奪われた…。」
カークはそう言ってジュリアンを見つめた。ヘテロクロミアの瞳が妖しく笑う。ジュリアンはドキリとする。
（あれは…やっぱり現実…？
　ということは、私はカークの最初の……。
　カークはまさか…気付いているの…？！）
カークの巧みな指がジュリアンの最も敏感な部分を刺激する。
「はうっ…！」
ジュリアンは体を震わせて仰け反る。
（…じゃ…あ…うっ…こ、これも私が…教え……んくっ！）
カークはジュリアンの中に入ってくる。
「あぁ…っ！」
（で、でも…私はカークのやる通りに…あうっ！）


　タマゴが先かニワトリが先か…。


　いずれにしてもこれだけは言える。少年カークがジュリアンに捕らわれたように、ジュリアンがカークに捕らわれるのは運命だったということだ。ジュリアンが自分で蒔いた種だったのだ。

　「忘れなかった…ずっと愛してた…だからもう離さない…。」

　カークの愛の囁きは、酔いしれるジュリアンにはちょっと聞こえていなかったかもしれない…。