愛すればこそ

　その日ジュリアンは、突然ローランディアのカークの家を訪れた。出迎えたのはルイセとティピだった。ルイセがカークはまだ仕事中で帰っていないと言うと、ジュリアンはルイセに話があって来たと言う。ジュリアンの話に心当たりのないルイセは、困惑しながらもジュリアンを家に招き入れた。ルイセは丁度お菓子を焼いている最中だったので、お菓子が焼き上がるまで、ティピがジュリアンの話し相手をしていた。
「…でね〜、そしてらこんなこと言うのよ。どう思う？
　ん…？　ジュリアン？」
「え…あ…すまない…。何だって？」
「大丈夫？　何だか今日は変だよ？　ボーっとしてる。」
「すまない、何でもないんだ…。」
「ジュリアン…。」
ジュリアンは来たときから元気が無く、顔色も悪かった。そんなジュリアンは珍しい。ルイセに何か深刻な相談事があるようだし、ティピとしても少々心配である。
　そこへ甘い香りがしてきた。ルイセが焼きたてのケーキを持って登場である。
「お待たせ〜。ケーキ焼けたよ〜。」
「わーい、ルイセちゃんのケーキだ♪」
「……。」
喜んで飛び回るティピとは対照的に、ジュリアンは顔をしかめている。ルイセがテーブルにケーキを置くと、更に香ばしく甘いケーキの香りが漂った。
「ん〜いい匂い♪」
「うっ…！」
ジュリアンが突然口元を押さえ、洗面所へと走った。ジュリアンが甘いものが苦手なのは知っているが、ここまで過剰に反応することはない。
「ジュリアン！？」
「ジュリアンさん！？」
ティピとルイセはただ驚いて顔を見合わせた。その瞬間、お互いに心の中で同じ事を思ったのだと、敢えて口にするまでもなく気付いた。
「ちょっと、あれってまさか…。アイツの子が…？」
「それで相談に…？　でも、何でお兄ちゃんじゃなくてわたしなの…。」
「かなり訳ありってこと…？」
「や、やっぱりそう思う…？」
「とにかくアタシは、お医者さん呼んでくる！」
「わたしはジュリアンさんを看てるわ。」
家の中が慌ただしくなりはじめた。


　ジュリアンは人の話し声でスウッと目を覚ました。
『…はい、分かりました。どうもありがとうございました。』
ルイセの声がドアの外で聞こえる。自分はといえば、ベッドに横たわっていた。そして意識がハッキリするに従って、徐々に思い出してきた。ケーキの匂いで気分が悪くなって、洗面所で吐いて、そして多分そのままそこで意識を失ったのだ。
　ルイセが静かに部屋に入ってきた。ジュリアンはベッドから体を起こし、ルイセに小さく声をかけた。
「ルイセ…。」
「あ、ジュリアンさん、寝てて下さい。お医者様は今帰ったところです。」
ジュリアンは、やはりさっきの話し声はルイセと医者の声だったのだなと思いながら、自分が話すまでもなくルイセは全てを知ってしまったことを悟った。ジュリアンが辛そうに口を開いた。
「隠してて、すまない…。もしかしたらと思っていたんだが…。」
「ジュリアンさん、やっぱり知ってたんですか？」
「自分の体のことだ…分かるさ…。それで確認しておきたかった…。」
ジュリアンが言葉を濁す。ルイセがジュリアンに代わって問いかける。
「お兄ちゃん…ですか…？」
「でも、直接会って聞けなくて…。…あの…カークには…このことは…。」
「ティピが呼びに行っちゃったけどティピはそうは思ってないから…、
　ジュリアンさんがそうだとは…。でも…お兄ちゃんはきっとまだ…。」
今度はルイセが言葉を濁す。ジュリアンは表情を曇らせ、声を震わせた。
「…そうか…。なら…カークにはこのまま何も言わないで欲しい…。」
「そんな、ジュリアンさん…！」
「会わなければいいんだ…。あいつには知られずに終わらせたい。」
「…その気持ち分かります。
　今は動くの辛いでしょうから、このままここで静養してって下さい。
　お母さんはしばらく研究所から戻らないし、わたしは大丈夫だから…。」
ルイセがフワリとジュリアンを抱きしめる。
「すまない…。」
ジュリアンは目を閉じルイセの小さな肩に頭を預けていた。


　ティピから話を聞いたカークが声を張り上げる。
「ジュリアンが妊娠！？」
カークは驚きを露わにしている。
「アンタちゃんと避妊しなかったの？」
「やってたさ！　俺の避妊は完璧だ！
　…でもデキちゃったってことは、どっかでミスったのかなぁ…。」
ちょっと自信なさげに言うカークに、ティピの視線は冷たい。いつもカークがジュリアンを振り回しているのを知っているから、ティピはちょっとイジワルしてみたくなった。
「もしかして、アンタの子じゃないんじゃないの？」
「何だよそれ！そんなことあるわけないだろ！」
カークは怒りを露わに反論するが、ティピはシレっとしている。
「だって、ジュリアン話しずらそうだったからさ。」
ティピの言葉でカークの語調が少し弱まる。
「そりゃ…、まだ結婚してないんだから言いにくかったんだろう。」
「ふ〜ん…。それでどうするの？」
「決まってる！ジュリアンに会って話して即結婚だ！
　こんな絶好のチャンス、逃してなるものか！」
カークは仕事もそっちのけでジュリアンの下へと飛んでいった。


　「ジュリアン！」
家に飛び込むなり、カークはジュリアンの名を呼んだ。けれど返ってきた声はジュリアンの声ではなかった。
「お兄ちゃん。」
「ルイセ、ジュリアンは！？」
カークは声を荒げてルイセに詰め寄った。ルイセはカークとは対照的に静かな声で答える。
「客間で寝てるけど、ダメよ…。」
「何が？」
「ジュリアンさんはお兄ちゃんには会わないよ。」
「何でだよ！？」
要領を得ないルイセの答えに苛立ち、カークは脅すようにルイセを問い詰めた。だが、ルイセはカークの声にビクつきながらも態度を変えない。
「その…いろいろあって…。」
カークはルイセを押しのけると、客間へと向かった。
「ジュリアン！」
「あっ！ダメだったらぁ！」
ルイセが慌ててカークの腕を掴み引き止めようとするが、カークはルイセごときの力では引き止められない。カークは客間へと突き進み、ドアノブに手をかけた。
　−　ガチッ　−
ドアには鍵がかかっていた。
　−　ガチャガチャッ　−
カークは何度かドアを開けようとしたが、鍵はかかったままだった。カークはドア越しにジュリアンを呼んだ。
「ジュリアン、俺だ！」
少し間を置いて、中から小さくジュリアンの声が聞こえた。
『…カーク…。』
カークは中にジュリアンがいることを知り、更に呼びかける。
「ジュリアン、ドアを開けてくれ！　話がある！」
『…ダメ…会いたくない…いいえ、会えない…。今は放って置いて欲しい…。』
「なぜだ、ジュリアン！」
『…お願い…。』
「ジュリアン！」
『……。』
カークがいくら叫ぼうと、もうジュリアンの返事はなかった。
　カークの頭にティピの言葉が一瞬よぎった。カークは頭を振ってその考えを振り払う。だが、ジュリアンが何かを隠しているのは確かだ。何としても会って話を聞きたい。
「…そっちがその気なら…！」
カークは捨て台詞のように言葉を吐き捨てると、ズンズンと自室へと引き上げていった。　カークには珍しくかなり頭に血が上っている様子だ。ティピに聞かされた話がショッキングだったこともあるだろうが、ジュリアンにあからさまに拒絶されて訳が分からず、冷静さを欠いてしまったのだろう。ルイセは事の成り行きを、ただオロオロと見守るしかなかった。


　その夜、誰もが寝静まっている深夜のことである。
　−　…ジュリアン…　−
誰かが自分の名を呼んだような気がして、ジュリアンは目を覚ました。
「…ん…誰…？　ルイセ…？」
「……。」
ジュリアンはボンヤリする頭で誰の声だろうかと考えるが、考えれば考えるほど、本当に名を呼ばれたのかさえ分からなくなってくる。気のせいだったのかと思っていると、顔に吐息がかかった。そして柔らかいものに唇を塞がれる。
「…んっ…！」
ジュリアンは息苦しさにもがき、顔を逸らせた。そして自分に覆い被さるようにしてそこにいるのが、ルイセではないと知り、その正体を見極めようと暗闇に目を凝らした。
「……。」
月明かりはカーテンに遮られ、僅かに漏れる明かりでは顔を見極めることはできない。けれど、一瞬光った瞳の色でそれが想像していた人物だと知ることができた。
「…カ、カーク！？」
「ジュリアン…。」
間違いなくカークの声だった。ジュリアンは動揺する。
「ど、どうしてここに！？　どうやって…。」
ドアには鍵をかけておいたはずで、合い鍵はルイセしか持っていないと言っていった。カークも合い鍵を隠し持っていたのか、それともルイセから盗み出したのだろうか。驚き戸惑うジュリアンにカークは何も答えはしなかった。ただジュリアンに低く囁く。
「何で会ってくれないんだ。」
カークの悲しみの篭もった声に、ジュリアンは硬直する。やがてハッと我に返り、慌ててカークから離れようとした。しかし、カークの腕に阻まれジュリアンは起き上がることすらできない。
「やっ！ダメ！離してっ！出てって！」
もがくジュリアンにカークの手が伸び、その冷たい手がジュリアンの頬に触れた。
「何で何も話してくれないんだ！」
「やめてっ！私に触らないでっ！」
ジュリアンはカークの手から逃れようとするが、カークは両手でジュリアンの顔を包み込み、自分へと向けさせる。
「何で俺を避けるんだ！！」
「いやーっ！！」
ジュリアンは自分に近付くカークの顔を避けようとして手を振り上げた。その拍子に、ジュリアンの爪がカークの頬をかすり、カークが小さく呻いた。
「っ…！」
ジュリアンはハッと目を見開いてカークを見た。カークは頬を手で押さえているようだが、暗闇ではカークの様子はよく分からない。思いがけずカークを傷つけてしまったことでジュリアンは動揺する。
「あ…あ…ごめん…。そんなつもりじゃ…。」
「…そんなに俺に触られるのがいやか？」
カークの静かな声が、内なる情熱を秘めて響いてくる。ジュリアンは思わず声を詰まらせる。
「ちがっ…。」
そしてカークの声がジュリアンに迫る。
「そんなに俺が嫌いになったのか？」
「カーク…。」
カークの感情が溢れだし、いつも以上の力でジュリアンを押さえつける。
「そんなこと言わせない！」
「やめて…お願い…。」
ジュリアンはただ身を竦ませて言葉で抵抗することしかできなかった。

　ベッドが軋む音がし、カークの重みがジュリアンへとかかってくる。顔を背けるジュリアンの耳元でカークが囁いた。
「思い出させてやる…。その体は俺から離れられないんだってな。」
カークの声は必要以上に低く静かに響いた。カークの表情が見えないことで、ジュリアンの恐怖が増した。ジュリアンはベッドから起き上がろうとするが、既に体はカークの体の下に置かれていてどうすることもできなかった。カークの手がジュリアンの頬に添えられた。ジュリアンの体は小刻みに震えだす。ヒンヤリと冷たい指先に一瞬心地よさを感じるが、体の震えは治まらない。震えるジュリアンの唇をカークの唇が塞いだ。
「…んんっ…！」
ジュリアンを貪るように深く差し入れられるカークの舌に、ジュリアンは息苦しさと目眩を感じる。絶え間ないカークの口づけにジュリアンは気持ちを整える余裕がない。その間にもカークはジュリアンの夜着を剥ぎ取っていく。ジュリアンは思うように動かせない四肢を強張らせ、何とかカークを押し留めようとするが、カークの手はもうジュリアンの素肌へと伸びていた。冷たいカークの手にジュリアンがビクリと身を震わせる。その反応でカークの唇がジュリアンから離れ、ジュリアンはようやっと声を絞り出すことができた。
「カーク…は、話すから…やめて…っ…！」
「後でゆっくり聞かせてもらう…。」
ジュリアンの体を知り尽くしたカークの手は、ジュリアンの滑らかな肌を滑り、ジュリアンの敏感な部位を探り当てる。カークの手が性感帯に触れるたびに、ジュリアンの体は波打ち、口からは熱い吐息が漏れた。ジュリアンは体をよじり、カークの手から逃れようとするが、カークの手はジュリアンの体を這いずり回って離れない。ジュリアンは力の入らない手を何とか動かし、カークの腕を押さえた。
「…はぁっ…やめ…今…話を…。」
「乱暴にはしたくないんだ。大人しくして…。」
カークは難なくジュリアンの手を避けると、ジュリアンの胸の膨らみに顔を埋め、白く柔らかな乳房を口に含んだ。
「あぁ…っ！」
気持ちとは裏腹に、ジュリアンの体は否応なしに反応していく。これ以上カークの側にいてはいけないと思うのに、ジュリアンの体は抵抗することができなかった。

　カークは舌と指先とでジュリアンの胸を愛撫し始めた。カークはいつも以上に丁寧な愛撫を繰り返す。張りのある双房を手で包み込みこね回し、乳房の周りに舌を這わせ、時には尖った先端を指で軽く摘む。その度にジュリアンの背筋に痺れが走り、体が熱くなる。熱は下へと集まり、下腹部がズクリと疼く。いつもなら、カークの手はその熱に呼び寄せられるように下腹部へと移っていくのに、今日は違った。カークは尚もジュリアンの乳房に吸い付きまさぐり揉み続けた。
　やがてジュリアンの花芯はピクピクと震えだし、秘所はわななき蜜が滴り始める。下肢はカークの体に阻まれ閉じることができず、ジュリアンは秘所の疼きを抑えることができない。ジュリアンはカークを求めそうになる体を抑えようと、唇を噛みシーツを握り締めるが、それしきのことで鎮まるはずはない。ジュリアンの腰はカークの愛撫に応えるように揺れだし、カークを誘い始めた。
　そんなジュリアンの反応を楽しみながら、カークはジュリアンの脚を押し開く。露わになった秘所の花びらは赤く捲れ上がり、暗闇の中にあってもテラテラと光って、そこから蜜が滴っているのがわかる。だが、カークはわざとそこに触れはしなかった。カークはジュリアンの太股に手を這わせ、口づけを繰り返した。カークの吐息がジュリアンの秘所にかかり、カークの前髪がジュリアンの秘所をくすぐる。その度にジュリアンは体を震わせ身悶えるが、カークはジュリアンを焦らすようにして、秘所には一切触れようとはしない。
「…ふぅっ…うっ…うぅっ…。」
ルイセ達に気付かれまいとしているのか、ジュリアンは両手で顔を覆い、必至に声を押し殺している。その声はカークの責めに咽び泣くようでもあった。
　カークがジュリアンの手をどけると潤んだ瞳が覗く。カークはジュリアンを抱きしめ、その頬に口づける。
「もう意地悪はしない…。」
カークはそう言って再び顔をジュリアンの脚の間に潜り込ませた。カークの指先がジュリアンの割れ目をなぞると、その快感が痺れとなってジュリアンの全身を貫いた。
「…んぁっ…！」
ジュリアンは声を詰まらせ、荒い息づかいを繰り返す。続いてカークの舌がジュリアンの溢れ出る蜜をすくい取り、やがてその舌先は広げられたジュリアンの蜜壺へと差し入れられた。ジュリアンの膣でカークの舌が蠢く。舌先になぶられ、ジュリアンから掠れた喘ぎ声が漏れる。
「あっ…あっ…あぁっ…。」
ジュリアンの下肢が熱くなり、度々襲い来る小さな快感の波に堪えきれなくなったころ、いきなりカークの指がジュリアンの赤く腫れ上がった花芯をグリッと押し潰した。快感の波は大きなうねりとなってジュリアンを襲う。
「…っ…！！」
ジュリアンの声は声にはならず、四肢を突っ張らせてビクリビクリと全身を痙攣させている。カークは顔を上げるとジュリアンをからかうように言った。
「もうイっちゃったのか？　まだこれからだよ…。」
「…はぁ…はぁ…もう…ゆるして…。」
ジュリアンは声を出すのも苦しい様子で訴えるが、カークは聞き入れはしない。ジュリアンの体にイった余韻が残ったままで、カークの指がジュリアンの花芯をこね回した。
「あぅ…っ！」
「…いい声だ…。」
ジュリアンの剥き出しにされた神経は、ちょっとの刺激でも敏感に反応していく。ジュリアンの秘所からは、さっき以上の蜜が溢れ出した。カークは自分の先端でジュリアンの割れ目をなぞり、蜜壺へとあてがった。ジュリアンの秘部は波打ち、それを待ち構えていたようにカーク自身を飲み込み始める。カークが力を入れるまでもなく、ジュリアンの体はカークを深く受け入れた。
　ジュリアンの膣は燃えるように熱く、カーク自身に絡みついてくる。あまりの快感にカークはすぐに動くことができなかった。
「凄い…ジュリアン…とろけそうだ……っ…！」
カークはすぐにでもイってしまいそうな快感をやりすごそうと、歯を食いしばって堪える。その間も、ジュリアンの膣は絶えず波打ちカークを締め付けてくる。カークは下肢に力を入れると、ゆっくりと腰を動かし始めた。
　カーク自身がジュリアンの膣を掻き回す。膣を擦り上げられるたびに、ジュリアンの体中の血が秘所へと流れ込む。蜜は止まることなく溢れ続け、カークの動きに合わせていやらしい音をたてる。ジュリアンが恥ずかしさで身悶えるたびに、カーク自身を更に締め付けていった。
　カークの動きが早まり、ベッドが激しく軋む。ジュリアンは体ごと揺さぶられ、大きな乳房が上下する。ジュリアンの突き出した顎が更に高く突き出された。
「…うっく…っ…んっっ…！！」
カークに深く貫かれ、ジュリアンは声を押し殺したまま大きく背を仰け反らせる。そしてカーク自身をきつく締め付けた。
「…ジュリア…っ！」
カークのたぎる思いがジュリアンにぶつけられる。ジュリアンの膣が小刻みに震え、その喜びに打ち震えているようだった。そしてジュリアンの四肢は力を失いながらも、膣は尚カーク自身に熱く絡みつき放そうとはしなかった。

　カークがその熱さの意味を知るのは、それから数日後のことだった…。


　「３９．２度…。」
ルイセの溜息混じりの声が聞こえる。
『……。』
おでこにタオルと氷嚢を乗せられたカークは、無言で目を閉じていた。今は声を出す元気もないようだ。そしてカークの顔には赤い湿疹が出ている。カークの病名は…麻疹であった。
「アンタ、バッカねぇ〜。
　まっ、いつもジュリアンに強引なことしてる天罰かな。」
「あれほどジュリアンさんが遠ざけようとしてたのに…。」
カークに麻疹を移したのはジュリアンであった。もちろんティピとルイセは、カークが嫌がるジュリアンとヤっちゃったことは知らない。ただ部屋に忍び込んだだけだろうぐらいにしか思っていない。けれど後ろめたいカークにとって、２人の言葉は結構グサグサくるものがある。ティピとルイセの責めに絶えかねて、カークは掠れる声を絞り出した。
『…てめーらが…妊娠だなんて嘘を言うからだろーがっ！』
「だって、アタシは知らなかったから、てっきり妊娠だと思ったんだもん。
　アンタだって山ほど身に覚えがあったんでしょ？」
「わたしも最初、あれはつわりだと思ったのよね。
　かなり切羽詰まった様子でわたしに相談に来て、お兄ちゃんに言えないって
　ことは、お兄ちゃんともめてるのかな〜って…、本当に心配したんだから。
　だってお兄ちゃん、いつもジュリアンさんを困らせてるじゃない…。
　でもつわりじゃなかったのよね。あれは具合の悪いときに苦手な甘いものの
　匂いを嗅いで、気分が悪くなっただけだったのよ。」
ティピもルイセも本当に最初は妊娠ではないかと疑ったのだから嘘ではない。カークの日頃の行いが行いだから、疑われても仕方がないと言える。カークは２人に追い討ちをかけられて、ほとんど逆切れ状態である。
『そんなら、ハッキリ本当のこと言やぁいいだろっ！』
「だって、ジュリアンさんが知られたくないって言うんだもん。
　やっぱり女性としては、今頃麻疹だなんて知られたくないし、
　好きな人に湿疹の出てる顔なんて見られたくないもの。
　それに、お兄ちゃんはまだ麻疹にかかってないから…、
　あ、それを確認したくて家に来たんだけどね。で、もし移して…その…」
ルイセが赤くなって言葉を濁すと、ティピが遠慮なくズバリと言いきった。
「子種が無くなったら困るもんね。…まだあんの？」
『知るか…っ……。』
大声の出しすぎでカークは目眩を起こしてしまった。今の会話でまた熱が上がったようだ。
　カークが荒い息づかいでベッドに沈没していると、部屋のドアが開く音がして、愛しい人の声が聞こえた。
「…カーク？」
『ジュリアン！』
掠れ声ではあるが、いきなり元気になるところは、さすがカークである。

　ジュリアンはそのままカークの家で療養していた。麻疹はもう完全に治ったと医者に言われたので、カークの様子を見に来たのだ。ティピとルイセはカークにさっさと追い出され、部屋には今、カークとジュリアンの２人だけになっている。
「大丈夫か？　…すまない…結局移してしまったな。
　お前が麻疹はまだだと聞いて、治るまで会わないようにしたかったのに、
　お前ときたら…。」
ジュリアンは苦笑いである。
『責任とってず〜っと看病してくれるよな。もちろん夜も…♪』
「あ、いや、まあ…、それはその…。」
元はと言えば、カークが病気のジュリアンにかなり酷いことをしたせいで、麻疹を移されることになったのだから、自業自得である。にもかかわらず、そんなことは無視してジュリアンに看病を迫るのだから、調子のいい話である。しかし、ジュリアンが移したのは事実なので、ジュリアンとしてはキッパリ拒絶できないところがあるのだ。とことんカークのペースである。
『何ならこれから…。』
起き上がってジュリアンに抱きつこうとするカークを、ジュリアンは押し戻してベッドに押さえつけた。カークの言う『夜も』がそういう意味だと知り、慌ててカークを拒絶する。
「それはよせっ！これ以上熱が上がったらどうする！　本当に、その…。」
『子種なんていっぱいヤればなんとかなるって♪』
「バ、バカ！そういう問題じゃ…！」
真っ赤になって反論するジュリアンを、カークはスッと腕を回して引き寄せた。ジュリアンは倒れ込むようにしてカークの上に覆い被さる。
『ジュリア…。』
カークの熱い唇がジュリアンの唇に重なった。
「ん…。」
ジュリアンは思わずウットリしかけるが、ジュリアンの体をまさぐるカークの熱い手が直に素肌に触れたとき、カークが高熱の病人であることを思いだし我に返った。
「今回ばかりは絶対にダメっ！」
ジュリアンの強力な抵抗に会い、カークは布団の中に押し込まれた。さすがに今のカークでは、体力が戻ったジュリアンを押し倒すことはできないようだ。
『…分かったよ…でもよかったなぁ…。またやりたいな…。』
そう言ってカークは寝てしまった。さすがに体力の限界だったようだ。それにしても、どんなときもやることしか考えていないという、高熱の病人にあるまじき元気さだ。

　ジュリアンはワナワナと震える拳のやり場を失ってしまい、悔し紛れにカークの頬をつねるのだった。